| プロフィール |
 丹羽敏雄教授 |
1943年生まれ。奈良をはじめ関西一円で育つ。京都大学理学部数学科卒業。同大学大学院で修士号取得後、助手を経て、1976年仏政府給費留学生としてフランスに留学し、高等科学研究所(IHES(*1))等に滞在。1977年以降、津田塾大学で教鞭をとる。理学博士。担当科目は「確率統計入門」「科学と人間」など。生態学などに現れる数理的現象を数学やコンピュータを使って分析するのが主な研究分野。『数学は世界を解明できるか』『沈黙のコスモロジー』『射影幾何学入門』『4次元世界の線形代数』『数理モデルとカオス』など、話題著書多数。ヒーローは湯川秀樹、師はルドルフ・シュタイナー(*2)。 | |
30年近く、津田塾と津田塾生を見守ってこられた丹羽先生。 これからの新しい科学の可能性と方向性についてお話をうかがうことができました。 |
「自由な気風の中で学んだ数学」
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いつ頃から数学の道をめざそうと思われたのですか。 |
最初は物理を勉強したいと思っていました。高校時代は物理が好きだったし、当時は湯川秀樹さんがヒーローでしたから。得意なのは数学、好きなのは物理(笑)。京都大学の理学部には、2年間は教養部といって自由な気風で好きなことをやれる期間があった。当時は伝統的にはめをはずすという雰囲気が残っていて、知的に一時期流動状態になれるという時間があったんですね。3年生で専門課程に進む段階で、当然のことながら物理に人気が集まっていましたが、僕は本当に自分が物理をやりたいのかとふと立ち止まったんです。すると幸か不幸か、ちょうど数学科の定員枠が広がり、数理物理コースというのができた。物理をやりたいといっても、僕は実験をやりたいわけではなく理論物理をやりたかった。そこで、このへんあたりがちょうどいいかなと。ですから、僕がやっていたのは数学の中でも解析系と理論物理でした。
数理物理というからには物理もやっていたのですが、これがやたら忙しい。物理の場合は膨大な基礎知識が必要ですからね。そういう意味では、ゆったりと勉強できる数学の方が自分に合っていたのかな。物理に関しては、憧れの湯川秀樹先生の講義を聴く機会もあったし、よく考えてみれば物理に対しては観念的だったんでしょうね。微分方程式が専門の溝畑茂先生の講義が大好きで、1年目だったかな、溝畑先生に数学コースに入れてくれと泣きついていました(笑)。
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津田塾大学に着任されたいきさつは? |
卒業後は大学院で修士号を取得して、そのまま研究助手として大学に残っていました。ただ、いつまでも助手でい続けるわけにはいかない。ということで、作戦を練ってフランスへ留学したんです。その頃津田塾大学という面白いところがあるから来ないかという話が具体化したわけです。フランスは9ヶ月の滞在で途中帰国し、津田塾大学にやってきました。もともと僕らの院生、助手時代は1968年頃、大学闘争の真っ只中だった。当時、大学のあり方を僕なりに探っていたんです。津田塾という大学は小さいし柔軟性に富んでいる。やりたいことをある程度実現させてくれるんじゃないかという魅力を感じました。もちろん昔は若手、今は古手(笑)ですから、立場的には全体のことを考えなければならなくなりましたが。
「世界を見る目が変わるカオス理論」
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先生のご専門分野についてお話ください。 |
力学系の理論というジャンルがあります。ひとことで言えば、世の中の現象を数学の目を通して見る応用数学ですね。たとえば液体や気体の中に物が置かれると拡散していきますね。逆に集まってくるということはない。一方向にしか進んでいかない。これを「エントロピー増大法則」と呼んでいます。では、なんでそうなるのかと。これは19世紀にさかのぼって、物の性質を調べるための基礎になっていることです。法則というからには、その理論を証明してやらなければならない。原子論の立場から証明するとかね。これを“統計力学の基礎づけ”といいますが、これが僕が長いこと興味を持ちつづけていることがらです。
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数式を書かずに数学を語った『数学は世界を解明できるか』は3万部のベストセラーに。 |
もうひとつ、関連する重要テーマとして「カオス」があります。たとえば星の動き。「ケプラーの法則」にみるように、方程式できっちり解ける。単純な動きです。一方では水の中の粒子のようにランダムな動き、予測できない動きというものがある。サイコロの動きなどにしても、本当は法則で動いているんだけれども、最後が予測できない結果になる。こうしたランダムな現象というのは、非常に多数の要素が絡まりあって生じるのにちがいないと考えられていたわけです。ところが、本来は簡単な方程式で解けるはずの現象なのにもかかわらず、最初の微々たる差が、ちょっと時間が経つだけで結果的に大きな差になってしまうことがある。この現象を「カオス」といいます。一見でたらめな現象も、じつはきわめて単純な原因から生じている。するとね、世界を見る目がちがってくるんです。
「新しいものの見方を科学と芸術から学ぶ」
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先生は大変多趣味とうかがっていますが。 |
そうなんです。いや、僕がやっているのはシュタイナー (*2) が教育の一環として取り入れた身体表現「オイリュトミー」 (*3) という一種の踊りなんですが。言葉の響き、言霊(ことだま)の動きを可視化するといいますか。言葉は母音と子音の要素に分れていますが、踊りの動きはこの法則にしたがっています。言葉の要素を表したものがアルファベットとすれば、「オイリュトミー」は動きのアルファベットですね。もう20年近くやっています。これも、もともと教育に関心があったから始めたことです。
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シュタイナー的なものの考え方から生まれた松ぼっくりの科学(卵の科学)の模型と関係書。 |
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趣味と研究がつながっているという印象を受けます。 | そう、趣味というか、これはもう第2の研究テーマになりますね。僕は新しい科学の方法論にも興味を持っていて、「ゲーテ・シュタイナー的科学」を勉強しています。質をどう科学するかという。僕は結局、シュタイナーが趣味なんですよ(笑)。既成の学問には収まらないから趣味と称しているわけですが、「科学と人間」という授業ではこの「ゲーテ・シュタイナー的科学」をテーマにしています。質や体験を重視するといいますか。今の人たちは体験が貧困化していますね。楽しみごとはお金を払わないと得られないと思っている人が多い。これはものの見方を知らないからです。「ゲーテ・シュタイナー的科学」はいきいきした自然の奥深さや、自然を楽しむ視点を教えてくれます。ぜひ、授業で体験してください。ものの見方が変わります。
| *1: |
IHES(Instit des Hautes Etudes
Scientifiques):フランスのパリ郊外にある数学および理論物理学の研究所。 |
| *2: |
ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925):ドイツ語圏ではゲーテ研究者としてスタートした神秘主義の思想家、建築家、教育者。 |
| *3: |
オイリュトミー:手、腕、身体の流れるような表情豊かな身振り、複雑な動きを通して、語られた言葉や音楽を表現する「目に見える音楽と言葉の芸術」。 | |